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2019年05月29日

セイコー銀座限定モデル「銀座の柳②」

1884年(明治17年)には、銀座の街路樹の大半が柳になっていました。

 

時代の流れとともに、道幅拡張などの理由から撤去などの話も上がった柳はイチョウに植え替えられていきました。その数年後の1923年(大正12年)、そのイチョウともども銀座が焼失することなります。

 

関東大震災です。

 

さらに数年後、銀座も徐々にもとの姿を取り戻している中、「東京行進曲」という訳アリの恋の歌の大ヒットを受けて、朝日新聞社や有志の寄贈で歌詞にもあった柳が復活します。しかし、またもや数十年後にほぼ焼失してしまうのです。

 

第二次世界大戦の戦火によるものでした。

 

その補植を行っていったのが、この度100周年を迎えた「銀座通連合会」でした。その後も戦禍は免れた柳も徐々に枯死し、オリンピックの影響によるビル建設などの環境変化から、再び撤去されることとなるのです。歩道の下に電線やガス管などを埋めこむための溝がつくられ、柳が充分に根を張れないためでもあり、雨や風の日には柳の葉が通行人の衣服を汚したりするので、嫌われていたという話もあるくらいです。その時の柳は日野市の苗圃や日本各地に「銀座の柳」として移植されたそうです。

 

それから約20年後、銀座の柳が苗圃に3本ばかり残っていることを知った有志の手によって、それは育てられ、二世柳として全国に寄贈されたそうです。さらに、「震災後に植樹された銀座の柳は安曇野産だった」という朝日新聞の記事が改めて出たことで、長野県穂高町(現在の安曇野市)町長が中央区に柳100本を寄贈しました。その返礼として二世銀座の柳を寄贈し、今も安曇野の穂高駅前には「銀座の柳」がお出迎えをしてくれます。

 

こうして、細かく数えると4代目くらいになる銀座の柳ですが、一般的には戦後にオリンピックや時代の流れで姿を消し、残った3本から人の手によって復活したものを指して「銀座の柳二世」とした看板が今もいくつか立っています。

 

銀座のシンボル「柳」はこんなに豊かな歴史を持っているとは知りませんでした。

セイコーが「柳」をテーマに持ってくるのも納得です。

セイコーの銀座限定モデルは是非、当店で御覧下さい。

※銀座エリアの限られた店舗でのみのお取り扱いとなります。

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SEIKO Ginza Rimited Edition

 

写真左から

PROSPEX(プロスペックス)

SBDC079

¥120,000+税

 

ASTRON(アストロン)

SBXC025

¥260,000+税

 

PRESAGE(プレザージュ)

SARW051

¥130,000+税

 

LUKIA(ルキア)

SSVW153

¥100,000+税

 

全てのモデルに限定シリアルナンバー入り

専用ボックス仕様

各300本限定

2019年6月8日(土)販売開始予定

 

それぞれの詳しいスペックや在庫状況などはお問い合わせください。

 

日新堂 銀座本店

03-3571-5611

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