もっと知りたい時計の話 Vol.76

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

あなたのクルマには時計が付いていますか。付いていたらそれはどんなデザインの時計ですか。それとも、インストゥルメントパネルの中に組み込まれていますか。今回は「クルマの時計」の話です。

クルマが交通手段、移動手段として広く使われるようになったのは西暦1900年頃、つまり今から100年以上前のことです。当時のクルマは贅沢品。どのクルマも、いまのスーパーカーのような存在でした。ですから、クルマを使うのは富裕層など特別な人々。そして時計はクルマに乗るときに欠かせない装備でした。

当時のクルマは燃料の搭載量も限られていましたし、燃料計の精度も低く、さらにエンジンの信頼性も今とは比べ物にならないほど低かったのです。ですから、飛行機のように運転時間の把握は欠かせませんでした。つまり時計は、単に時間を知る道具ではなく、クルマを管理運転するための計器として必要だったのです。ただ最初期のクルマには時計は装備されていませんでした。ドライバーの持つ懐中時計がその役割を果たしていたのです。

この状況が大きく変わるのは第二次世界大戦(1939年9月〜1945年9月)以降のこと。スイスの時計メーカーは1900年頃から自動車用の時計も作っていましたし、自動車用計器を作っていた会社も時計作りに本格的に参入します。そして第二次大戦後、クルマの信頼性が飛躍的に高まるとともに、いよいよ世界中でモータリゼーション、つまりクルマの大衆化とサルーン化(居住空間化)が始まります。クルマにとって時計は社内のインテリアに欠かせないもので、特に高級車の世界ではダッシュボードクロックはそのクルマを象徴するデザインアイテムになりました。そして、カーマニアなら「一見すればどのクルマかわかる」アイコン的なものになっていきます。1950年代のアメリカ車や、ヨーロッパの著名な高級車の時計だけで、車名を当てられる方もいらっしゃるでしょう。そんな当時のデザインや雰囲気を再現したクロックがネット販売で売られていたりします。


ポルシェの4シーター4ドアセダン「パナメーラ」(ガソリン仕様)のダッシュボードクロック。フロントウィンドウのすぐ前、真ん中にあります。またセンターコンソールのディスプレイにも時刻表示があります。

ダッシュボードクロックは当初、もちろん機械式でした。しかし電気式、さらにクォーツ式へと進化していきます。さらに1980年代に入るとダッシュボードクロックにとって大きな転機がやって来ます。それはクルマのインストゥルメントパネルの電子化でした。それまで独立していたスピードメーターをはじめ各種の計器が、マルチ・ディスプレイ・メーター・パネルというかたちでひとつに集約されることになります。もちろん、その中に時計機能も組み込まれていました。

この頃、日本はバブル経済の真っ最中。現在からは考えられないことですが、最上級グレードのクルマがどんどん売れるという“ハイソカー(ハイソサエティ・カー)”ブームが日本を席巻しました。そして、こうしたクルマのほぼすべてにマルチ・ディスプレイ・メーター・パネルが使われました。たとえばハイソカーの象徴だったトヨタの「ソアラ」(1981年発売開始)のインストゥルメントパネルは「エレクトロマルチビジョン」と呼ばれるものでした。

時計機能は、こうしたマルチ・ディスプレイ・メーター・パネルの中に組み込まれ、クルマのインテリアに不可欠だったダッシュボードクロックは、車種によっては姿を消すことになります。また1990年代に入ると、常時GPS衛星の電波を受信して現在地と現在時刻を表示してくれるGPSカーナビゲーションシステム(カーナビ)が登場。カーナビ付きのクルマでは、その画面が時計の役割も果たしてくれます。


日産の「フェアレディZ」の最新モデルのインストゥルメントパネル。ドライバーの眼の前にあるマルチディスプレイは、モードを変えると現在時刻が表示できます。さらにカーナビにも時刻が表示されます。

さらに2010年以降、クルマの電動化(EV化)やハイブリッド化が進んだ結果、クルマは常時データ通信を行うのが当たり前の「走るコンピュータ」になりました。その結果クルマの時刻表示はパソコンの時計機能と同じ、ディスプレイに必ず付いている機能になっています。

とはいえ、いまも一部のクルマにはダッシュボードクロックが装備されています。これからも装備のひとつとして残っていくのでしょうか。それとも消えてしまうのでしょうか。皆さんはどう思いますか。