さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。
時間は過去から現在へ、そして未来へと止まることなく無常に流れてゆくものです。でも、人はだれでも一度はこの無常から逃れたい。ほんの一瞬でもいいから、その流れに逆らうことを夢見たことがあるのではないでしょうか。そんな夢を実現できる機械として考案されたのが、時間旅行ができるあの乗り物。そうです「タイムマシン」です。
この言葉から私たちがまずに思い浮かべるのはおそらく、藤子・F・不二雄先生のマンガ『ドラえもん』のネコ型ロボット・ドラえもんのひみつ道具。主人公の小学生・野比のび太の学習机の引き出しから乗り込める、あの空飛ぶじゅうたん型のタイムマシンでしょう。

左)1974年7月31日に発売され、現在も販売されている「てんとう虫コミックス ドラえもん 第1巻」(藤子・F・不二雄著 小学館刊 550円。全45巻の専用ボックス入り全巻セットは2万9000円(小学館刊)いずれも税込み。右)テレビ朝日系で毎週土曜日午後5時から30分間放送されているTVアニメ「ドラえもん」は今も子どもたちに大人気だ。過去の回も「TELASA」で観られる【テレビ朝日の公式ページより】
1970年に連載が始まり1996年に一応連載が終了したマンガ『ドラえもん』。1990年代を生きる野比のび太のもとに22世紀の未来からネコ型ロボットのドラえもんが乗って来たタイムマシンは「藤子製作所AF2型」。全長2.2メートル、全高1.28メートル、全幅1.6メートル、重さは538キログラムで、中古の「メビウス・ロータリーエンジン」を搭載していて、ときどき始動不良を起こすという設定で最初は手動操縦でした。しかし後に改良されて、「行きたい時代の人物名を言うだけでその時代に行ける」音声認識&自動操縦タイプに進化しています。一方、ドラえもんの妹のドラミちゃんのタイムマシン「チューリップ号」は乗り物タイプで、兄ドラえもんのマシンの3倍の速度で移動できる最新型。ドラえもんの「ひみつ道具」には、タイムマシン以外にも、包んだものをその時代のモノにできる「タイムふろしき」のように、時間を操作できるものがいろいろありましたね。
タイムスリップ、つまり別の時代に偶然移動してしまうという設定の小説はそれ以前にもありました。ですが「過去でも未来でも、好きな時代と現代を行ったり来たりする『時間旅行』ができる機械」というアイデアを世界で最初に思い付いたのは、SF(サイエンスフィクション=科学空想)小説というジャンルの生みの親、今から100年ほど前に活躍したイギリスの小説家ハーバート・ジョージ・ウェルズ(1866〜1946)だとされています。作家名としてはH・Gウェルズという表記が一般的かと思います。
ウェルズはイギリスを代表する理工系の名門大学、現在の「インペリアル・カレッジ・ロンドン」で生物学を学び、進化論から大きな影響を受けた理系のジャーナリスト。現在でも権威ある総合科学学術雑誌として有名な「ネイチャー」(1869年創刊)などに寄稿し、後に思想家や社会活動化としても活躍した文化人でした。当時、イギリスの科学界は世界最先端で、「4次元空間」など現代の物理学の基礎になる理論が提唱されていた頃。こうした知識を熟知していたウェルズは、1890年代から1900年にかけてその知見を活かして、自身が「科学ロマンス」と呼ぶ、今も高く評価されるSF小説の古典的名作を続々と発表します。1895年に発表された『タイム・マシン』はその中のひとつです。
この小説の中でタイムマシンは、主人公の天才科学者が発明した機械として登場します。そして彼はそのマシンに乗って80万年後の世界に行き、未来の人類に出逢うのです。当初、その世界は彼にはだれもが幸福な「理想の世界」に映りました。そして彼はひとりの未来人の女性と仲良くなり、彼女からその世界の本当の姿を教えられます…この小説はディストピア小説の先駆的作品でもありました。
日本でも作家・黒岩涙香がこの本を原作にした翻案小説(元に書き直した小説)『八十万年後の世界』を、自身が創刊した雑誌「萬朝報」に1915年に掲載して、この小説は広く知られるようになりました。涙香は他にもジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』やアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』やヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』など当時の海外文学の名作を翻案小説の形で日本に紹介しています。それから100年以上の間に『タイム・マシン』は何度も翻訳され、さまざまな出版社から刊行されてきました。その魅力は今、読み直してもまったく色褪せていません。まさに「SF小説の金字塔」であり「文学史に残る不朽の名作」です。

左)1920年にチャールズ・ベレスフォードが撮影したウェルズのポートレート。左中)1895年にイギリスで出版された『タイム・マシン』の初版本。中央のイラストは当時人気のイラストレーター、ベン・ハーディによるもの。右中)「タイム・マシン」を日本で初めて翻訳し、自身が設立したタブロイド版の日刊新聞「萬朝報(よろずちょうほう)」に掲載した黒岩涙香(くろいわ・るいこう)。明治から大正時代を代表するジャーナリスト、歴史家、評論家、小説家、翻案小説家【パプリック・ドメイン ウィキメディア・コモンズ経由で】 右)『タイム・マシン 他九篇 橋本槇矩訳』(岩波文庫 1155円)※税込み
今も「タイムマシンとタイムトラベル(時間旅行)」は、小説はもちろん映画やマンガなどの物語に欠かせないテーマのひとつです。『不適切にもほどがある!』(2024年TBS系)や、『ちょっとだけエスパー』(2025年 テレビ朝日系)など、最近のテレビドラマでも、タイムマシンやタイムトラベルがテーマの作品は少なくありません。
『ドラえもん』の設定ではタイムマシンは2008年に発明されることになっていますが、今では、その発明は不可能だと考える人がほとんどです。でも物理学者の中には、時間空間の研究の一環として真面目に時間旅行、タイムマシンの実現可能性を大真面目に研究している人がいます。つまり、理論上ではタイムマシンはもはや空想、妄想の産物ではありません。
もし今、タイムマシンが発明されたら、あなたはどの時代に行ってみたいですか?