もっと知りたい時計の話 Vol.88

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

どんな分野の人でも著名人の愛用品、特に憧れの人の愛用品は、とても気になるものですね。古今東西、人気のアスリートや映画やテレビで大活躍している俳優さんやタレントなど。その人のファンはもちろんのこと、その名が世界の歴史に名前を刻んだ偉人まで、その人の嗜好品や愛用品を人は知りたいもの。またそれは必ずしも著名人の愛用品だとは限りません。身近な友人知人と「同じものがほしい」。子どもの頃はもちろん、大人になったいまもそう思うことはよくありますし、実際に購入してしまいますよね。

なぜ私たちは著名人や友人知人の愛用品が気になるのでしょうか。アメリカを代表する社会心理学者で世界的ベストセラー『影響力の武器』(原著名『Influence』)などで知られるチャールズ・ベノ・チャルディーニはこの本の中で、「社会的証明の原理」と彼が名付けた心理学的な法則で、私たちが「なぜ気になるのか」を説明しています。それは、「人は迷ったとき、周囲の人たちの行動を参考にして、自分の行動を決める」という原理。わかりやすく言えば、私たちの多くが「みんながやっていることは正しいはずだ」「人気があるものには価値があるはずだ」と無意識に判断し、モノや行動を選択していることを指します。

また、未開社会の神話・呪術・信仰に関する集成的研究書『金枝篇(きんしへん、The Golden Bough)』を書いたイギリスの社会人類学者、古典学者のサー・ジェイムズ・フレイザーらは、未開社会には「ある物体が一度誰かに触れると、その人の性質が物体に乗り移る」という信念が共通して見られると指摘して、これを「感染の法則」と呼びました。宗教的指導者や王様など、社会的地位が高い人が身に着けているものを持つことで、その人の「成功」「カリスマ性」「魅力」が自分にも移ってくる、あるいはその人とつながっていると感じる心理です。

どちらも「なるほど」な説明ですよね。実際、私たちは憧れの映画スターや一流アスリートと同じモノを身に着けることで、その人とつながったような気持ちに、その人の持つ「強さ」や「華やかさ」を何となく自分に取り込めたような気分になれる。これは時代を超えた人類普遍の感覚であり行動なのでしょう。

そして時計の世界でいつも話題になるのが世界No.1の大国・アメリカ合衆国のリーダー、アメリカ大統領の時計、通称「大統領の時計(The President’s watch)」です。

アメリカ独立戦争の英雄・初代大統領のジョージ・ワシントン(任期1789 〜1797年)が愛用していたのはフランス製、イギリス製、スイス製の3本の懐中時計でした。特に、パリに渡航した友人に頼んで購入してもらった「ジャン=アントワーヌ・レピーヌ」製のシンプルな金ケースのモデルを愛用していたと伝えられています。レピーヌは当時、フランス・ブルボン王朝最後の王様、ルイ16世の宮廷時計師を務めていた人物です。

「大統領の時計」が本格的にメディアで注目されるようになったのは1950年代。第33代大統領のハリー・S・トゥルーマン(任期1953〜1961年)が愛用したスイス・バルカン(VULCAN)社の機械式アラームウォッチ「クリケット」から。続く第34代大統領のドワイト・D・アイゼンハワー(任期1953〜1961)はロレックスを愛用した最初の大統領として知られています。彼が愛用していたのはゴールドのケース&ブレスレットの「デイトジャスト」。第35代大統領のジョン・F・ケネディが愛用したのはロレックスではなくオメガの「スリムライン」でしたが、凶弾に倒れたケネディに代わって副大統領から第36代大統領に就任したリンドン・R・ジョンソンはロレックスの「デイデイト」を愛用。このふたりが愛用したことをきっかけに、ロレックスのゴールド製「デイデイト」は「アメリカ大統領の時計」と呼ばれるようになり、ここから「成功者の時計」というイメージが定着。企業のトップマネジメントたちの間で人気となり、現在に至っています。


左)第1代アメリカ大統領ジョージ・ワシントン。これは1803年に描かれた肖像画。遺品の時計の一部は記念館に収蔵されています。【Gilbert Stuart, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で】 右)第第34代大統領のドワイト・D・アイゼンハワー【Elton Lord, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で】

1990年代〜2000年代に入り、ソビエト連邦の崩壊、ベルリンの壁崩壊による東西ドイツの統一と東西冷戦が終結すると、アメリカ大統領は高級時計を避け、親しみやすさをアピールするために安価なデジタル時計やスポーツウォッチを選ぶようになります。第42代大統領のビル・クリントン(任期1993〜2001年)はタイメックスのデジタルウォッチ「アイアンマン」を愛用して「スーツに安いデジタル時計?」と物議を醸します。さらに第43代大統領ジョージ・W・ブッシュ(任期2001〜2009年)はさらに手頃な価格のタイメックス「インディグロ」などを愛用。続く第44代大統領バラク・オバマ(任期2009〜2017年)もアメリカ発のカジュアルウォッチ「ヨーク・グレイ」やスマートウォッチの「Fitbit(フィットビット)」を着用するなど、しばらく「大統領の時計」がスイス製の高級時計ではない時代が続きました。

しかし2017年、第45代大統領にドナルド・トランプが就任すると「大統領の時計」は再びスイス製の高級時計に。トランプ氏は友人が「大統領になっていなかったら、時計ビジネスをしていたのでは」と語るくらいの時計好きでロレックスやヴァシュロン・コンスタンタン、パテック フィリップなどを愛用。続く第46代大統領のジョー・バイデンもアメリカ政界屈指の時計好きでロレックス、オメガなどを愛用していました。

しかも2025年、第47代大統領に返り咲いたドナルド・トランプは、2005年から自身の名前を付けた「ドナルド・トランプ ウォッチ」を自身の「トランプ・オーガニゼーション」のウェブで販売しています。あらゆる意味で「史上初」「前代未聞」で有名なこの大統領、「時計にもっとも関心が高い大統領」であることは間違いないようです。


トランプウォッチの公式サイト。現在、一押しのモデルはこの「ビクトリー コレクション ファイト・ファイト・ファイト」モデル。通販価格は499ドル。ムーブメントは日本製の自動巻きで直径36㎜。20気圧防水。カスタムメイドモデルや10万ドルのトゥールビヨンモデルも掲載。