もっと知りたい、時計の話 <Vol.9>

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

前回は「操作する」「計る」というふたつの喜びを持ち主に与えてくれる、時刻を知らせる時計機能にプラスして、「経過時間を計る」ストップウォッチ機能を備えている時計、クロノグラフを紹介しました。

今回は、クロノグラフの具体的な仕組み、中身のメカニズムの話です。 クロノグラフのストップウォッチ機能。これが実際に時計の中にどんなかたちで組み込まれていて、どのような仕組みで、どこからエネルギーをもらって動くのでしょうか。

針を使うアナログ表示式の時計は機械式でもクォーツ式でも、複数の歯車を組み合わせて力を伝える「歯車輪列」、略して「輪列」というメカニズムで針を動かしています。普通の機械式時計には、時・分・秒と3つの針を動かすための時間用の輪列が1組あります。

クロノグラフは、時間用の輪列に加えてもうひとつ、ストップウォッチ計測用の「クロノグラフ秒針」と動いた時間を記録する積算計を動かす輪列があります。つまり2つの輪列を持っているのです。

この2つ目の輪列は、ストップウォッチ機能を使うときだけ動く、つまり回転します。ではこのストップウォッチ用の輪列は、どこからどのように動力をもらって動くのでしょうか?

それはいつも動いている、主ゼンマイで動く時計用の輪列からです。ほとんどの機械式のクロノグラフは時計用の輪列にある歯車のひとつ、60秒(=1分間)に1回転する歯車(4番車=秒針が付いている歯車)と、クロノグラフ秒針が付いている歯車(クロノグラフホイール)。ふだんは噛み合っていないこの2つ歯車を、クラッチ機構を使って噛み合わせることで、ストップウォッチの計測がスタートします。そして、この歯車の噛み合わせを外すことで、クロノグラフの秒針がストップします。

クロノグラフホイールには、このホイールが何回、回ったかを記録するための歯車と針がつながっています。これがストップウォッチの積算計です。

 一般的な機械式クロノグラフでは、ケースの右側にあるリュウズの上下それぞれに、ストップウォッチ機構を操作するボタンが付いています。上のボタンが、スタート&ストップ用、そして下のボタンがリセット用のボタンです。


グラスヒュッテ・オリジナルの最新ダイバーズ・クロノグラフ「 SeaQ クロノグラフ」 Ref. 1-37-23-02-81-36

リセットボタンを押すと、クロノグラフ秒針と、積算計の針がすべてゼロに戻ります。ストップウォッチ機構がリセットされるのです。

普通のクロノグラフでは、クロノグラフ秒針をストップさせる、つまり計測を止めた状態でなければリセットボタンを押せません。ところが、パイロット用に開発された一部のクロノグラフでは、ストップウォッチ機構を動かしている最中でもリセットボタンを押して、またすぐに新規の計測を始められるものがあります。これが「フライバック(飛んで帰れる=すぐに戻せる)クロノグラフです。

ここまでクロノグラフの基本的な仕組みをご説明しました。さてここからは、中身の「メカニズムの違い」の話です。時計好き(愛好家)はクロノグラフを選ぶとき、この違いにこだわります。では、いちばん気にする「メカニズムの違い」とは何でしょうか?

時計好きが機械式のクロノグラフ選びでいちばんこだわるメカニズム。それは「クラッチ機構」です。クラッチとは「力の伝達をコントロールする」機構です。そして機械式クロノグラフのクラッチには「水平式」と「垂直式」の2種類があります。

水平式クラッチのひとつが「スイングレバー式」。これは同じ高さに時計用とストップウォッチ用の輪列が水平に並んでいるが噛み合ってはいない状態で、この2つの輪列の間に「クロノグラフランナー」と呼ばれる小型の歯車をレバーで動かして差し込んでそれぞれと噛み合わせ、この歯車を経由して止まっていたクロノグラフ用の歯車に動力を伝える=ストップウォッチ機構をスタートさせる仕組みです。クラッチのオン/オフを、歯車をレバーで水平移動(=スイング)させて行うのでこの名が付いています。

ヴァシュロン・コンスタンタンの「ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955」の自社製ムーブメント、Cal.1142。歯車やレバーの形状や仕上げの美しさは絶品。自動巻きローターがない手巻きなので、芸術的なメカニズムがすべて目で楽しめる。

水平式にはもう一つ、時計用とクロノグラフ用の輪列の間に、ピニオンという小さな筒状の歯車をセットしておき、このピニオンの位置をずらす(スイングさせる)ことで、ストップウォッチ機構のオン/オフを行う「スイングピニオン式」というものもあります。ピニオンが2つの歯車と同時に噛み合って、時計用の歯車のパワーがクロノグラフ用の歯車に伝わる=ストップウォッチ機構がスタート。また離すことでストップします。

この2つの水平式クラッチは、機械式クロノグラフではいちばん歴史のある古典的なメカニズム。1970年代以前の機械式クロノグラフのムーブメントは、ほぼこの方式です。ただ、構造上、避けられない問題があります。それは時計用とストップウォッチ用、その2つを仲介するクロノグラフランナーやスイングピニオン、この3つの歯車の歯が噛み合う瞬間、歯車の動きがほんのわずかですが「ズレる」可能性があることです。

歯車の「山と谷」がすんなり噛み合えばいいのですが、「山と山」がぶつかると歯車の位置が微妙にズレて、そのときクロノグラフ針も微妙にズレてしまうのです。これを「針飛び」といいます。

もうひとつのクラッチ機構は、最近のクロノグラフではスタンダードになってきた垂直式クラッチです。歯車同士を噛み合わせる水平式クラッチと違い、垂直式クラッチは時計用の輪列、クロノグラフ用の輪列が水平ではなく垂直、つまり上下の位置にあります。そして、それぞれ凹凸のある摩擦力の高いディスクが付いています。



グラスヒュッテ・オリジナルの「 SeaQ クロノグラフ」のケースバック。搭載されているのは自動巻きクロノグラフムーブメント、Cal.37-23。垂直クラッチを採用し、フライバック機構も備える。

バネの力で押されたこのディスクのどちらかが垂直に動き、ディスク同士が摩擦力でペタンとくっつくことでクロノグラフの輪列に動力が伝わりストップウォッチの機構がスタート。そして、バネの力で今度はくっついたディスク同士を離すことで、ストップウォッチの機構がストップします。これが垂直クラッチの仕組み。クルマのマニュアル車のクラッチと基本原理は同じです。

さて、この水平式クラッチと垂直式クラッチ。どちらがメカニズムとして優れているのでしょうか。最近の機械式クロノグラフは、そのほとんどが垂直式クラッチを採用しています。なぜなら機能的には、「針飛び」が理論的に起きない垂直クラッチが優れているからです。

また今のクロノグラフの多くが自動巻きなのも、垂直式クラッチが増えている理由です。垂直式クラッチは水平式よりコンパクトでスペースを取らないので、自動巻きのムーブメントに組込みやすい。つまり相性が良いのです。

でも機能的に優れている垂直クラッチには残念な点がひとつあります。それは水平式、特にクロノグラフランナーをスイングレバーが動かす「スイングレバー式」のように、メカニズムとその動きがハッキリ見えないこと。

そのためムーブメントの外観、美しさを追求するパテック フィリップのように、手巻きのクロノグラフ用ムーブメントに、歯車の形状を工夫するなどして「針飛び」の問題を解決した上で水平式クラッチを採用する時計ブランドもあります。