もっと知りたい時計の話〈Vol.10〉

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

時計の中には文字盤に「月」がある時計があります。「月の位相(月相)=ムーンフェイズ」表示を備えたモデルです。注意したいのは、ムーンフェイス(月の顔)ではなく「PHASE=変化の段階」だということ。ムーンフェイズ表示には、月に目鼻を付けて顔のようにしたモチーフを使ったものが多いので、こう誤解している方も多いようです。

月と聞くと、「竹取物語」の主人公・かぐや姫や、月でお餅をつくうさぎのことを、多くの方が思い浮かべることでしょう。空を見上げるとそこにある、私たちにとっていちばん身近な天体である月は、昔から神秘の象徴であり、擬人化されてさまざまな物語の主役や舞台になってきました。

SF小説にも高性能のコンピュータ、つまりAIを味方にした月の住人が地球政府に反乱を起こして戦争となり独立してしまうというロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』という歴史的な傑作があります。この小説は、TVアニメーション作品『機動戦士ガンダム』に大きな影響を与えた作品としても有名です。偶然にもこの作品が刊行された1969年、人類はアポロ11号の月着陸船イーグルに乗って月面に到着し、記念すべき1歩を残しています。

それにしても、この「ムーンフェイズ(月相)表示」は、いつ頃から時計に付いているのでしょうか。また、この表示にはどんな意味や価値があるのでしょうか。

ムーンフェイズ表示を備えた時計の歴史は思った以上に古く、16世紀には置き時計に、現在のような半円の窓の下で月が描かれたディスクが回転する方式のものが搭載されています。月相ではなく月の天球上の位置を表示する機構になると、もっと古いものもあります。

たとえばヨーロッパで最初に製作された機械式時計のひとつであり、天文時計の最初期の傑作と言われるイタリアのお医者さんで時計製作者のジョバンニ・ドンディが1348年から1364年にかけて製作した「アストラリウム」には、太陽と月、そして当時知られていた太陽系の5つの惑星の位置を表示する機能がありました。

18世半ばから19世紀にかけて活躍した、当時、史上最高の時計師アブラアン−ルイ・ブレゲ(1747〜1823)が、自分が製作した懐中時計の多くにムーンフェイズ表示を組み込みました。これは、時計愛好家の間ではよく知られた話です。ではなぜ時計師たちは「ムーンフェイズ」を表示する機構を開発して時計に組み込んだのでしょうか? 


文字盤7時位置にムーンフェイズ表示を搭載したパテック フィリップの最新スポーツラグジュアリーモデル「ノーチラス 5712/1R-001モデル」

その最大の理由。それは時計という機械がキリスト教など宗教の世界で「この世と、宇宙の法則」を再現する機械として作られたから。つまり時計は「太陽が地平線から姿を現して朝になり、昼が来て夜が来て、また朝が来る」という一日の周期を機械で再現したものです。そしてムーンフェイズ表示機構は、「月の満ち欠け」という「宇宙の法則」を文字盤上に再現したものなのです。

加えてムーンフェイズが、海の潮の満ち引き(潮汐)を筆頭に、実際に地球上の環境や生物の活動状態に大きな影響を与えていること。これを人は昔から体験的に知っていました。科学的にも、潮汐は「月と太陽の位置」で決まります。いちばん影響が大きいのは月の引力。そして太陽の引力も、その力は月の1/2ほどですが、潮の満ち引きに大きな影響を与えています。

月は太陽の光を反射して輝きます。そして月の光がほとんどない「新月」と「満月」には、月の方向と太陽の方向が一直線にそろいます。するとこのとき、海の水は引力で大きく引っ張られ、海の満潮と干潮の差(干満差)が大きくなります。これが「大潮(おおしお)」です。

一方、新月と満月の中間の状態、つまり「上弦の月」や「下弦の月」の状態では、月の引力と太陽の引力は直交する、つまり90度の角度になって2つの力は弱め合い、海の干満差は小さくなります。これが「小潮」です。そして、この干満差が最大になる「大潮」のときは海洋生物の動きが活発になる、たとえば魚類の活動が活発になる、海洋生物の産卵行動が起きることなどがよく知られています。

さらにタロットカードを使った占星術などの西洋占いでもわかるように、西洋でも東洋でも「人が生まれた日のムーンフェイズが、その人の運命に関係がある」という考えが、昔から世界中で広く信じられてきました。そして「その日のムーンフェイズをできるだけ知りたい」というニーズが昔からありました。

こうしたさまざまな理由から、時計師たちはムーンフェイズ表示機構を開発し、機械式時計に搭載してきたのです。

現代では時計のムーンフェイズ表示は実用機能というよりも「いちばん身近な天文表示機構」として、また、時計と宇宙との関わりを象徴するメカニズム、文字盤を飾るファンタジックなアニメーション機構のひとつとして男性用、女性用を問わず広く採用されるようになっています。

こうした現代のムーンフェイズ表示機構には、最初に述べたようにディスク上の月を「顔」に見立てて目や鼻や口を付けたり、同じ日でも北半球と南半球で異なるムーンフェイズを同時に表示したり、最新の技術で精密に再現した月のモチーフを文字盤上で動かしたり、さまざまなタイプが開発されて、私たちの目を楽しませてくれます。


さらに表示精度の点では、一般的な「約3年間で1日」という表示の誤差を、「約122年で1日」に改善した高精度なもの、中には「1058年で1日」という超精密なものまであります。


独自のムーンフェイズ表示に加え、⽉と太陽の位置、⽇の出⽇の⼊り時刻も表示するシチズン「カンパノラ コスモサイン」AA7800-02L



もしあなたがムーンフェイズ表示機構付きの時計をお持ちなら、文字盤上のムーンフェイズ表示で「お月見」してみる。またムーンフェイズ表示を参考に、屋外で実際に夜空の月を眺め、その神秘的で美しい姿を愛でてみる。そして古今東西の「月の物語」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。