もっと知りたい時計の話 Vol.13

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

時計の中には何十個も宝石が詰まっていることを、あなたはご存じですか。これは、Vol.11でご紹介したサファイアクリスタル風防とはまた別のお話です。

ご年配の方なら、時計のスペック表記に「12石」とか「24石」とか、そんな表記があったのをご記憶の方もいると思います。ところがこの「石の数」は、今ではカタログにもほとんど書かれていません。時計ブランドの公式ページにアクセスし、スペックの「ムーブメント」のところまで探して、やっと見つかる「隠されたスペック」になっています。

この「石の数」こそ「時計の中にある宝石」の数。正しくは「ムーブメントに組み込まれている宝石」の数です。ムーブメントを文字盤側とケースの裏側の両方から眺めることができるスケルトンウォッチや、ケースの裏蓋が透明でムーブメントを鑑賞できるシースルーバックケースの機械式時計なら、中に穴が空いた小さいピンク色のこの「宝石」が地板の中にいくつもはめ込まれているのを見ることができます。

このピンク色の宝石は天然の宝石ではなく、Vol.11でご紹介したサファイアクリスタル風防と同じように工場で人工的に製造される人工ルビー。そしてこのルビーは「穴石」という特別な名前で呼ばれています。つまり「○○石」という表記は、時計に搭載されているムーブメントに「穴石が何個あるか」を示しているものなのです。

ではこの穴石とはどんなものでしょうか。これは歯車の軸をガタつきなくしっかりと支える軸受けです。ダイヤモンドに次ぐ硬さのルビーは、金属製の歯車の軸より硬く摩耗しませんから、歯車の軸を長期間、ブレずにしっかりと固定できます。もしルビーの穴石を使わず、地板に穴を開けて軸受けにすると、金属同士がいつもこすれ合うことになります。すると金属同士の摩擦で、歯車の軸も軸受けもやがて削れてガタついてしまいます。そしてこの軸受けの穴石にはもうひとつ大事な役割があります。それはこの軸受けに注油された潤滑油をしっかりと保持する役割です。しっかり油を保持できるようにすることで、歯車の軸はルビーと接触せず、油の膜に浮かぶかたちで摩耗することなくスムースに回転できるのです。


グラスヒュッテ・オリジナル SeaQ クロノグラフのケースバック。ドイツ流の設計思想で作られた自動巻きの「キャリバー 37-23」が眺められる。

特に、主ゼンマイの力で動き、クォーツ式よりも歯車のひとつひとつに大きな力(トルク)がかかっている機械式ムーブメントでは、歯車の軸をガタつきなくしっかりと保持して、しかも潤滑油の力でスムースに回転させることのできるルビーの穴石は絶対に欠かせないもの。もしガタつきがあると、もし潤滑油が切れていると、歯車は期待通りに普通に回転してくれません。この状態が続くと機械式ムーブメントは壊れてしまうのです。そこで機械式ムーブメントでは20個以上の穴石が使われています。

一方、クォーツ式ムーブメントの歯車にかかる力は機械式と比べるとごくわずか。そのため、使われる穴石の数は、多くても4つか5つで済みます。金属製の歯車に変わり樹脂製の歯車を使ったクォーツ式ムーブメントのなかには、穴石がゼロというものもあります。

ところで、なぜ昔は時計のスペックに「穴石=ルビー」の数が書かれていたのでしょうか。それは19世紀の懐中時計の時代から、クォーツ式の腕時計が開発・発売される直前の1960年代末まで「穴石の数が時計のグレードを表す」時代が続いていたからです。

時計といえば懐中時計のことだった19世紀、世界でもっとも優れた時計を作っていたのはアメリカでした。そしてグレードの高い高精度な懐中時計ほど、ムーブメントにたくさんの穴石が使われていました。しかも当時、ルビーを人工的に作る技術はまだ開発されていなかったので、時計の穴石は天然のルビーを加工して作られていました。つまり穴石はとても高価なものでした。そのため、使われている穴石の数がそのまま、その時計のグレードを表す数字だったのです。

またこの時代には、ルビーの代わりに同様の硬さを持つサファイアを穴石に使ったムーブメントも作られました。今でもひとりで時計作りを行っている独立時計師の作品には、ルビーの代わりにサファイア、また、ダイヤモンドを穴石に使ったモデルもあります。

その後、1902年に人工ルビーの製造法(vol.11で紹介)がフランスの科学者オーギュスト・ヴィクトル・ルイ・ベルヌーイによって発明されるとそれ以降、品質が安定した人工ルビーがしだいに時計の穴石として使われるようになります。

とはいえ人工ルビー製の穴石は現在とは違い、1960年代になっても決して安いものではありませんでした。また、ルビーの穴石をたくさん使うことで、機械式ムーブメントの「見た目」はより華やかなものになります。そのため「穴石の数が多い=時計のグレードが高い」という価値観はこの時代まで引き継がれます。



セイコー プレザージュ  SARX097。文字盤の開口部からテンプ周辺の穴石の姿が目で楽しめる。

そして1965年にはこの価値観を極めたともいえる、89個の人工ルビーと11個の人工サファイア、合計100個の穴石(=宝石)を使った“史上もっとも多くの宝石”を使った国産腕時計も登場しました。

腕時計では、軸受けとして本当に必要不可欠な穴石は多いものでも30石ほどというのが時計技術者の一般的な見解です。ところがこの100石の腕時計では、その石の半分が装飾に使われました。当時は裏蓋をシースルーにすることなどなかった時代。つまり「見えないムーブメント」を華やかに飾っていたのです。高級時計ブランドが見えない歯車までピカピカに磨き上げていると同じ、高級さのひとつの表現として人工宝石が使われたわけです。

時計のムーブメントを長く正確にスムースに動かすために、今も機械式ムーブメントの軸受けには欠かせない人工ルビーでできた「穴石」。今ではその存在も、その数も語られることはほとんどなくなりました。でも機械式の時計を着けるときはぜひ思い出してください。「ムーブメントの中には何十個もの宝石が使われている」ことを。