もっと知りたい時計の話 Vol.15

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。


皆さんの街は、時を告げる鐘やチャイムはあるでしょうか。都市部ではほとんど聞けなくなりましたが、お住まいの地域によっては、平日は夕方の17時に学校の校庭や防災無線から「夕焼け小焼け」などのメロディーが流れるところもあると思います。

日本で時報を最初に始めたのは、滋賀県の近江神社に神様として祭られている天智天皇(在位668年2月20日〜672年1月7日)。671年4月25日に漏刻(水時計)を作り、鐘と鼓(つづみ)を打って時報を始めたと言い伝えられています。そして時報が定着したのが江戸時代(1603年〜1868年)。江戸にはお城やお寺や町中にそれぞれ鐘があり、昼夜を問わずこうした「時を知らせる鐘」が鳴らされていたといいます。そして1600年代半ばには、この鐘を使った時報システムが全国に普及し「鐘の鳴らない場所はなかった」とも伝えられています。


全国に時鐘はありますが、「高岡鋳物」で知られる富山県高岡市の大佛寺にあるこの大鐘は美しい音で知られる街自慢の逸品。1806年7月に製作されたものです。

今でも時計王国スイスをはじめヨーロッパには、昼間の毎正時あるいは毎時30分おきに(夜間に鳴らされることはありませんが)教会の時計塔の鐘が時刻を知らせてくれる街や村があります。こうした塔時計の中には、動く人形などのからくり仕掛けが付いたものもあり、ドイツ・ミュンヘンの市役所の時計塔のように著名な観光スポットになっています。

時報の起源はこの教会の時鐘(時を知らせてくれる鐘:Time Bell)です。そして機械式時計はこの時鐘のために13世紀頃、北イタリアから南ドイツ地方で、教会や修道院の僧侶たちの手で開発された機械だということをご存じでしょうか。そうです、機械式時計は中世のこの時期にキリスト教のために生まれ、広まったものなのです。

当時の教会や修道院は現代の大学の起源であり、そこに居る僧侶たちは神学や人文学から数学、天文学や医学、科学など最先端の学問を研究する現在の学者のような存在でした。ヨーロッパの著名な教会の中にはランス・ストラスブールの教会のように、時計愛好家にとって見逃せない天文複雑機構を備えたクロックで名高いところもあります。またイスラム文化圏や中華文化圏でも、宗教学者などが時間や時計について高度な研究・開発を行っていました。

では僧侶たちはなぜ機械式時計を開発したのでしょうか。いくつもの目的や理由がありますが、そのいちばん最初の目的であり理由は「お祈りの時間を知るため」でした。宗教にとってお祈りはもっとも基本的な活動であり大切な義務のひとつ。キリスト教に限らずイスラム教などさまざまな宗教が、決まった時刻にお祈りすることを僧侶や信徒に求めています。作家・村上春樹さんが書いたギリシャ、トルコの旅行記『雨天炎天』にも、ギリシャ・アトス半島のギリシャ正教の修道院で、深夜0時がお祈りの時刻に設定されていて、その時間になると鐘や木魚が鳴らされること、その音を聞いた実体験が書かれています。

腕時計にも、教会の鐘の音のように毎正時を音で知らせてくれる「ソヌリ」という機能を備えた時計があります。ソヌリとはフランス語で「時鐘」という意味。毎正時になるとムーブメントに組み込まれたハンマーがワイヤー状のゴングを叩いて、音で毎正時を教えてくれます。さらに、毎正時に加えて30分ごとに1時間に2回、音で時を知らせてくれる機能を「プチソヌリ」。毎正時に加え15分ごとに1時間で4回、音で時を知らせてくれる機能を「グラン(ド)ソヌリ」と呼び、これらの機能は、音を時刻で知らせるミニッツリピーター機能を備えたモデルの付加機能です。そして、ソヌリ機能、ミニッツリピーター機能付きの時計はどちらも、機械式時計の複雑機構の中でも究極であり、最高の芸術作品です。


なお、日本には江戸時代の時鐘の歴史と音色を受け継ぐソヌリ機能を備えた独自の時計があります。スイスのミニッツリピーターの音源はワイヤー型のゴング(鐘)ですが、こちらの音源は、日本を代表する「高岡鋳物」で知られる富山県高岡市の、鐘や仏具を製作する会社に協力を要請し、余韻が揺らぐように響く日本ならではの音を実現させています。


CREDOR/クレドール ソヌリ GBLQ998 手巻スプリングドライブ ケースはピンクゴールド製。毎正時、その時の数だけ鐘を鳴らす「ソヌリモード」、音を出さない「サイレントモード」に加えて、江戸時代の時鐘のように0時、3時、6時、9時と3時間おきに鳴る「オリジナルモード」があります。


左奥が仏具「お鈴」。そして手前が「クレドール」のために開発された時計用の「お鈴」です。銅を主体にした同系統の素材で「高岡鋳物」の本場、富山県高岡市の仏具製作所の協力で開発・製造。良い音を求めて何種類もの試作品が作られ、その中からいちばん良い音を求めて何種類もの試作品を製作し、余韻と揺らぎのバランスを思考錯誤した。

デジタル表示のクォーツウォッチの中には、ソヌリ機能を備えたものがあります。この機能をオンにすると画面に鐘のマークが常時表示されて、毎正時になると「ピッ!」という音で教えてくれます。

機械式時計のルーツでもある教会の塔時計。そこから始まるソヌリ機能が数百年後、最新の電子技術の結晶であるデジタルクォーツウォッチにも継承されているのは、とても面白いことだと思いませんか。