もっと知りたい時計の話 Vol.95


さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

皆さんは腕時計の「クロノグラフ」にご興味はありますか? 学校で陸上競技や水泳競技でタイムの計測に使う「ストップウォッチ」の機能を内蔵した腕時計です。

クロノグラフはスポーツウォッチの中でも人気があり、しかも機械式の複雑機構の中では比較的低価格で購入できるのも魅力のひとつ。このマガジンでも過去に「『操作する』と『計る』。ふたつの『ワクワク』がある時計」というタイトルの記事でその魅力をご紹介したように、ふつうの時計にはない「操作する」と「経過時間を計る」という楽しみがあります。

前回ご紹介したスイスの時計フェア「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ 2026」でクロノグラフで有名なタグ・ホイヤーは、伝説的なクロノグラフ「モナコ」の画期的な新作を発表しました。今回はそのお話です。

タグ・ホイヤーの「モナコ」は1969年に初代モデルが登場した、独創的なデザインと時計の歴史に残るエピソードに彩られた伝説的なクロノグラフです。ケースが一般的なラウンド(丸)ではなくスクエア(四角)形で、普通ならケースの右側に付いているリュウズが左側にあるという点でも独特でした。またこの年に相次いで登場した“世界初の自動巻き防水クロノグラフ”のひとつでもありました。

さらに「モナコ」は、1960年代から70年代にかけてハリウッドで活躍し、『大脱走』『荒野の七人』『シンシナティ・キッド』『ブリット』『ゲッタウェイ』『華麗なる賭け』『タワーリング・インフェルノ』『パピヨン』などで映画史に残る名演を残した名優スティーブ・マックイーンが愛用したクロノグラフとしても知られています。

レースが大好きでレーシングドライバーとしても実際にレースに出走していたマックイーンは、世界で最も過酷な24時間耐久レース「ルマン24時間」を舞台にした映画『栄光のル・マン』(1971年公開)の中で、自身で演じた主人公のレーシングドライバーが着用する腕時計としてこのモデルを登場させ、このモデルは世界的な注目を浴びました。前年1970年のルマン24時間レースでの実際の映像を織り交ぜたこの映画は当時、興行的には振るわなかったものの、現在ではレース映画を代表する歴史的傑作として評価されています。

今年、タグ・ホイヤーはブランドを代表するクロノグラフ、この「モナコ」からふたつの新モデルを発表しました。ひとつが1969年の初代モデルのデザインを忠実に継承しつつ、ケースもムーブメントも完全にリニューアルした定番「タグ・ホイヤー モナコ クロノグラフ」の新型。そしてもうひとつが、同じスクエア型のケースに、これまでの機械式クロノグラフとはまったく異なるメカニズムのムーブメントを搭載した「タグ・ホイヤー モナコ エバーグラフ」です。


タグ・ホイヤーの新作クロノグラフ「タグ・ホイヤー モナコ エバーグラフ」

これを記念してタグ・ホイヤーは先日のWWGでブース前にマックイーンが映画の中でドライブした当時のレーシングマシン「ガルフ・ポルシェ 917」の実車を、同社が2016年からオフィシャルパートナーおよびタイムキーパーを務めている「オラクル・レッドブル・レーシング フォーミュラ1(Formula 1®) チーム」のF1マシンと並べて展示。その発表を祝いました。

さて、エバーグラフはこれまでの機械式クロノグラフとどこがどう違うのでしょうか。機械式クロノグラフは、①時刻を表示する時計機構と②経過時間を計って表示するクロノグラフ(ストップウォッチ)機構、ふたつの輪列(歯車と表示機構)で構成されていて、どちらも香箱の中に蓄えられた「主ぜんまい」のエネルギーで動きます。そして②の機能を使わないときは、そちらに主ぜんまいの力は伝わらないようになっています。

②のクロノグラフ機構を使う、つまり経過時間を計るときだけ、一種のクラッチが働いて主ぜんまいのエネルギーが伝えられて、経過時間を計るストップウォッチ針やその積算計が動きます。そして、このクラッチをオン/オフしてクロノグラフ針とそれにつながる積算計を動作させるのが、リュウズとは別に備えられている「スタート&ストップボタン」です。また、計った後にストップウォッチや積算計の針を元のゼロの位置に戻すのが、「リセットボタン」です。

リニューアルされた「タグ・ホイヤー モナコ クロノグラフ」もそうですが、高級なクロノグラフではこの3つのボタンの操作を「コラムホイール」という円盤の上に、切り込み(山と谷)がある「柱(コラム)」を使って制御しています。これはとても精密な部品で、レバーという主に組み合わせたバネの力で動く硬い金属のアームが、このホイールの山と谷の間に落ちたり乗り上げたりすることで、レバーの位置が変わり、それにつながるカムなどを動かすことで機構を制御します。昔からコラムホイールを使わない構造のクロノグラフ機構もありますが、「カチッ」とした快適な操作感のためには、コラムホイールとレバー、カムを使うのがこれまでの常識でした。

ただこの昔ながらの構造は部品点数も多く、組立も大変で、調整する部分もそれだけ多くて製造工程が複雑です。そのうえこの構造は誕生してから長い年月が経っていて、もはや“これ以上の快適な操作感は、達人の職人技に頼らないと無理”というところまで熟成されています。つまり機能向上の限界に達している、と言ってもいいでしょう。

一方、新しいエバーグラフはクロノグラフ機構にコラムホイール、レバー、バネ、カムなど従来型の部品を使わず、ナノレベルの超精密部品を製造する最新の方法を使って作った一体型の部品、日本語で「双安定性部品」と呼ぶ複雑な形の、でも超精密にできている部品に置き換えました。タグ・ホイヤーはこれを「コンプライアント・クロノグラフ機構」と呼んでいます。その結果、部品同士の摩擦がほぼなくなり、常に安定した作動や快適な操作感を実現しているのです。それ以外にも「カーボン素材のひげぜんまい」を世界で初めて採用するなど、このクロノグラフには画期的な新技術が詰まっています。


“エバーグラフ”の新開発クロノグラフムーブメント「TH-80-00」搭載されている「双安定部品」。左がクロノグラフの一連の動きに関連する一体型の部品。右はそれに新しいスタート&ストップ機構も組み合わせたクロノグラフ機構の心臓部。スタート&ストップには弓形の部品が使われています。これも画期的な構造です。

機会があれば、店頭でぜひこのモデル「タグ・ホイヤー モナコ エバーグラフ」の、スケルトンのケース越しに見られる、その革新的なデザインやメカニズムをご覧ください。